スーさん、今月の注目記事
私スーさんの辞書には織留ということばがなく、この記事で始めて知りました。反物の織を留める最後の部分ということで、その最後の部分だけ織子さんが自分のセンスで好きに織ることができるというような話があるようです。なんだか、その心意気が伝わってくるようで、ステキじゃありませんか。この織留めは一反から一個所しかないので、希少価値としてお仕覆などに使われたそうです。
有楽町、数寄屋橋といえば...、この連想ゲームは歳がわかってしまいそうですが、ここが有楽斎の数寄屋が建っていたところと聞けば急に親しみがわきます。有楽斎は織田信長の末弟に生まれ、信長亡き後は淀君の後見人として秀吉に遣え、関ヶ原の後は家康から録を得手いました。この流れを見ただけでもその一生の波瀾万丈が想像され、殺伐なものがかんじられます。ところがこの方の人徳なのでしょうか、豊かな茶の湯をはじめてとする文化的な教養とそれがもらたす余裕のようなものが感じられます。、秀吉からも利休の高弟と認められ、また紹鴎や珠光も敬慕し、茶の湯の世界に「茶の湯は客をもてなす道理を本意とする」「二畳半,一畳半では、客を苦しめるに似たり」といった考えのもと、寛ぎのある茶室を追求していきました。その代表が建仁寺内に建てられた隠居所の如庵です。この記事には、如庵についても詳しくその様子が記されています。