第91回  3月23日

病気との長い月日が心を育む
   3月14日。「絵門さん、今とっても状態が辛(つら)いようだけど、元気になって復活する時、こんな大変な時もあったんだっていうところ、一応カメラ回しておきたいんですよね」。『中居正広の金曜日のスマたちへ』の野口ディレクターから電話があった。


 3年前、『がんと一緒にゆっくりと』が出版されて間もない頃、私はTBSの人気番組『金スマ』から出演依頼を受けた。収録日、お気に入りのウィッグに、抗がん剤で抜けたまつげは付けまつげで補い、めいっぱい元気にみえるようにと気合を入れてスタジオに。司会のSMAPの中居くんに、「かわいいですね」と言われて跳び上がるほど嬉(うれ)しかった。改めて「お世辞って大切だなあ」と思った次第だが、以後野口さんは、気が向くと私の活動の場に来てカメラを回し続けている。千葉県八千代市の朗読コンサートで、舞台そでの長いすに倒れこんだ様子まで知っている野口さんだが、今のそういう状況でも活動しようとする私の気持ちが聞きたいという。


 明くる15日は、新宿の朝日カルチャーセンターで講演だった。今までは、電車とゆっくりした歩きでスタッフに荷物さえ持ってもらえればなんとか移動できた。が、「この舞台がたとえ今生の別れとなっても!」と頑張った2月25日の八千代の舞台の後、さらに体力的には厳しくなり、これはドア・ツー・ドアでなくては無理だと考えていたところ。『金スマ』が用意した車で自宅と朝日カルチャーセンターのある新宿住友ビル間を往復してもらい、後部座席で横たわりながらインタビューを受けることになった。
 ふと、3年前のことを思い出した。あるドキュメンタリー番組のプロデューサーが言った「辛かったり苦しかったりした時の様子もカメラを回していいですか?」という言葉を曲解し、「私の死んでいくところを撮りたいのね!」と心の中で叫んだ。そのくらい私の心は病んでいた。


 命の危機という意味ではあの頃よりずっと厳しいといえるかもしれない今の私は、野口さんの言葉を素直に受け、好意に甘えた。心は病んでいない。がんというテーマと向かい合う長い月日が私を成長させたと改めて思う。


 講演では、自分の姿を鏡に映すように自分の使った言葉(言の葉)も日々鏡に映すようでありたい、というような話を私はよくする。


 まだ20代の頃、私は橋の上で、ある男性にインタビューした。60代前半に見えるその人はいわゆるロマンスグレー。川の見えるゆったりした風景にその姿が見事に溶け合っている。私は雑談で「初老の紳士という感じですてきですね」と言った。以降、彼は何となく元気がなくなった。


 夜、考えてはっとした。


 「初老」という言葉。私にとって文学的な響きがあり、彼の穏やかな雰囲気を表すのにぴったりの言葉だったが、まだまだ中年の域である彼を大いに傷つけていたのだ。言の葉を鏡に映すということは、自分がどういうつもりで言ったかというところから離れ、相手がどう感じたかに照準を合わせること。映す努力をしていても、間違いは起こしやすい。毎日慎重に謙虚な気持ちで鏡の扉を開けなくてはならないと思う。


 さて、20代の私はロマンスグレー大好き。今の私はハゲ大好き。「カツラと養毛剤メーカーの陰謀に乗らず、発想転換が大切。ハゲはそのままでカッコイイ!」などと夫に豪語。これも長い月日による成長……いつもハゲネタですみません!


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