第89回  3月 2日

真摯な無心の闘い感動呼ぶ
   2月24日、講演先の名古屋で宿泊したホテルのテレビに未明から早朝にかけて一睡もせずくぎづけになっていた。肝臓が悪くなってから胆汁が出ないため、体がかゆくなるという症状に悩まされている。寝ようかと布団に入るやいなや、かゆさが全身を襲うため眠れない。そのため、トリノの選手の活躍を私はほとんどライブで観戦した。


 荒川静香選手が金メダルを取った。一つずつ技を優雅に決めていく荒川選手。そのつど私は「よし!」と、気合を入れる。他の選手の演技が雑念にならないよう、登場寸前までヘッドホンをかけ、自分の演技のことのみに集中したという。淡々と自分の果たすべきことだけに力を注ぎ、もたらした偉大な結果をも、涙一滴流すことなく受け止めた彼女の姿に、真の強さと美しさを見た。


 多くを語らないその奥に、語りきれない努力の日々を世界中の人々が感じたと思う。


 一方、観戦していた私の目には、涙があふれて止まらない。「やったあ!」とベッドで歓声をあげた瞬間、腫(は)れた肝臓が収縮したとまで感じた。人に力と感動を与えるとは、こういうものだと思う。感動させよう、与えようとしても人の心は動かない。自分の限界をみすえた、真摯(しんし)な無心の闘いのみが、結果として感動の嵐を呼ぶ。


 さて、オリンピックの金メダルは無理でも、自分との闘いの結果としての「私の金メダル」は、すべての人に平等に、目標として取得を目指すことが許されていると思う。


 ここまで症状が厳しくなった体にとって、約束した講演会場に移動し、その途中、たとえ何度しゃがみこむようなことがあっても、人前に立つ時は聴いて下さる方たちを不安にさせない元気さでやりぬくという、私がこの2月の自分にかかげた目標のハードルは非常に高かった。


 2月中のイベント六つ、控え室に横になれる長いすなどを用意してもらいながらやり遂げつつ、私の中では2月25日の七つ目の千葉県八千代市での朗読コンサートがゴールになっていた。オーディションを受けて出演してくれた子どもたち、八千代市の演奏家のみなさん、ともに3年にわたってこの舞台を創ってきたオーボエの加古ふみこさん、ユーフォニアムの石橋美奈子さん、主催者、私の体調の窮状のサポートに多くの労を割いてくれたスタッフたち、そして会場まで足を運んでくれたお客様が「やってよかった」「観てよかった」と思ってもらえる舞台にして幕を下ろすことができれば、私は「私の金メダル」を自分の首にかけてあげてもよいのでは、と思っていた。


 いつもの朗読コンサートでは、終了後ロビーでサイン会をしたりお客様と握手をしたりするわけだが、この日の私にはそれは不可能だった。ただ、会場を埋めてくださったお客様の様子を伝えてくれる周りの声から、私の胸元にも金メダルの光があることが許されるような気がしていた。


 ただ、私の胸元の金メダルはとても軽い。荒川選手の金メダルをしげしげ見て、私は今大会のメダルがドーナツ状だということを初めて認識したわけだが、私の金メダルは、支えてくれた周りの多くの人たちと分けてカットした一口大。周りのみんなと一緒に取れた金メダル。まん丸ドーナツよりスライスした方が放つ光も強いかなと、消耗しきった体を回復させる力にしようと、今握りしめている。辛かったけど、金メダル、目指してよかった!


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