第87回  2月 9日

約束が元気をつなぐ置き石に
   以前、重篤な病気を抱えながら精力的に講演活動を行っている知人に、先のスケジュールの依頼があった場合、「その日具合が悪くなったら主催者に迷惑をかけてしまう」と二の足を踏むことがないか尋ねた。すると「前日に交通事故に遭うことまで予測できないのと同じように、私の病気についても考えてください」と言ってどんどんこなしてきた、と答えた。私は目が覚める思いで彼女の言葉を聞き、『がんと一緒にゆっくりと』の出版後3年間で北海道から九州まで100カ所近くを飛び歩く、決してゆっくりとではない日々を過ごした。


 近著のタイトルが『がんでも私は不思議に元気』に決まった時、嬉(うれ)しかった。初めは『がんにありがとう』が候補だった。がんを人生の一つのハードルだと前向きに受け止め、がんになったことに感謝するという境地、私も至らないわけではないが、本のタイトルにするほど揺るがない思いかといえば、そうでもない。本音は「がんちゃん、あなたとお付き合いした日々も悪くはなかったけれど、私はそのうちあなたと別れて完全に健康な体ではばたきたい。いろいろ教えてくれてありがとう。でもさようなら!」となりたいのだ。だから、『不思議に元気』という楽しく可愛(か・わ)いらしいタイトルに小躍りした。


 だが、頭の片隅には一抹の不安があった。書店に並ぶ頃、元気でなくなっていたら……。ましてや、この世にいなくなっていたらどうしよう。「追悼」の帯がついても『がんにありがとう』なら様になる。でも、『不思議に元気』というタイトルに「絶筆!追悼」の帯では洒落(しゃ・れ)にもならない。何がなんでも元気で出版日を迎えたかった。


 結局、それはセーフだったが、年末の風邪以降、私のがんを含めた症状はかなり厳しい。腫瘍(しゅ・よう)マーカーの値ははね上がり、肝臓は肝硬変になり、体の真ん中に大きな漬物石が入っているような感じ。貧血で、5段ごとにしゃがみこまなくては階段を上がれない。徒歩2分は私にとって徒歩10分の重労働。「不思議に元気」とはつじつまが合わなくなっている。私は困ったなあと思いながら、以前聞いた「前日に交通事故」という知人の言葉を思い出した。そして、すでに約束した講演や朗読はキャンセルしないことに決めた。


 以前のように2時間立ち通しでしゃべることは無理で、どの会場でも椅子(い・す)に座らせてもらうが、舞台の上、マイクの前では、今までと変わりなく、いや今まで以上にエネルギー全開で話ができている。黄疸(おう・だん)で白目がちょっと黄色いのに、どこが病気かわからない、と行く先々で言われる。


 家にいられる日は肝臓のご機嫌をとるため、一日、ゴロゴロ。隣の部屋にあるものを取ってくることも難儀なのに、待ってくださる方たちがいる日は別人のように元気。不思議だ。キャンセルしなかった約束が、私には元気をつなぐ置き石になった。置き石デーのおかげで、肝臓も貧血もがんそのものも、いつの日か治ってしまうと本気で信じる自分を失わずにいる。


 18日は四谷第六小学校の『命のイベント』に出演、19日は立川市で患者会主催の内田絵子さんとのトーク。25日は千葉・八千代市民会館大ホールで、オーディションで選ばれた子どもたちと一緒に『うさぎのユック』の朗読コンサートと講演。熱心に練習に励む子どもたちからパワーをもらっている。大舞台での新しい試みに意欲満々。みなさんにお越しいただけたらとっても嬉しいです!


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