| 第81回 12月 8日 |
夫や主治医の思い 命を後押し![]()
| 師走が来ると、厳粛な気持ちになる。聖路加国際病院に入院したのが4年前の12月26日。その前の4日間は、自宅で過ごすことがままならない状態になった私を東中野の渡辺医院がめんどうをみて滞在させてくれた。この年のクリスマスイブは首の激痛と呼吸困難の中、窓の外からの讃美歌を聴いて過ごした。渡辺正院長も、その後入院した聖路加の中村清吾先生はじめチームの医師も、看護師さんたちも、究極の症状の私に動揺のかけらも見せず、生きられる道、楽にさせる道を探し、全身全霊で対処してくれた。その時々の先生たちの頼もしく温かい表情が、毎年この季節になるとよみがえり、有り難い気持ちでいっぱいになる。 誰が見ても助かるとは思えない状況だった私を引き受けてくれた医療。先行きの危ない見通しなど何一つ言及しなかった医療。自業自得でそこまで悪くした私を責めることもなく、心を寄り添わせてくれた医療。私は最先端の西洋医学の治療技術の恩恵と、そこに携わる方々の温かい心を受け、文字通り命を助けられた。以後この4年、根底にあったのは、もう一度もらえた命を、恩返しのためにどう使っていけるかという思いだった。だが、元気に活動するようになるにつれ、感謝の心より、「こうあるべき」「これは許せない」「負けてたまるか!」と、あちこち噛(か)みつくことが多くなった。だから、師走は原点に戻り、また感謝から始めたいと思うのだ。 そんな、怒らず静かな心でいたい私だったが、今週聞いたセカンドオピニオンを求めた患者仲間の話には、切れた。ある人は、資料提供を求めて嫌みを言われ、渡された封筒の中は空っぽだった。ある人は、「あなたは死ぬんですよ。手術の日程も押さえてあるのに。もう、あなたやあなたの家族がこの大学病院に来られなくなることはわかっていますね」と言われた。 ひどいにもほどがある。私が受けた医療と、どうしてこうも差があるのか。嫌な思いをした人は事実を伝え、そんな対応がまかり通らなくしなければならない。病気の身で負荷は高いが、この2人のように、泣き寝入りしないことでしか改善の道はない。 さて私は、抗がん剤のタキソールに耐性が出て以降、「タキソール以外の抗がん剤はもうしたくない」と、腫瘍(しゅ・よう)マーカーが上がり続けているのに抗がん剤なしの状態を4カ月も続けている。そんなわがままな私に、中村先生は嫌な顔一つせず、私が受け入れられそうな治療を次々考え提案してくれる。11月26日、診察室に入ると先生は、タキソールが効かなくなった人に効かせることができる薬についての臨床試験の打ち合わせが3日前に行われ、来年、試しに使えるかもしれないこと、「こうやって頑張っていけば希望の道が出てくる」ということを目を輝かせ、話してくれた。患者の思いを汲(く)み、待ち、あきらめない主治医がいる。「先生がなんとかしようとし続けてくれている」という、その気持ちや表情に私は命をもらっているのだ。 12月4日、八千代市のニューリバーロードレースで5キロを走るという夫。山口県での講演で応援に行けない私は前日、手作りコロッケで激励。絞ったとはいえ体重オーバー気味の夫に「ひざが痛くなったらリタイアした方がいいからね」と言うと、「ダメだよ。ゆう子の病気が治るようにって走るんだから」と、ぽそっとつぶやいた。 診察室を出て涙、新幹線に乗って涙。師走の涙は、しょっぱくて、あったかい。 |