第69回  8月18日

感謝・決意・祈り、聴覚に訴える

 がんになり、かなり厳しい状況になって、その後奇跡的に元気を続けている人は多い。「90歳でお茶しよう!」というテーマで私が聞き手をしているがん専門誌での対談でも、そういう経験をしているゲストに登場してもらい、その都度、その人だからこその命を輝かす力強さを感じさせてもらっている。私は今、これまでの抗がん剤が効かなくなったため治療を見合わせて様子を見ているところだが、こういう状態になってから余計に、そういう「不思議に元気」な方たちからのヒント探しに気合が入ってきた。

 がんは一人一人みんな違う。だから、奇跡的な回復をした人の体験をそのまま自分にあてはめてまねをすることほど危険なことはない。3年半前、西洋医学以外のあらゆることを試した結果、いつ死んでもおかしくないというひどい状況まで追い込まれたのは、私が「奇跡おすがり思考回路」でがんを治す方法を追い求めたからだ。

 がん患者、中でも私のように全身に転移していて、西洋医学の通常療法では「がんからの解放」という答えがまだ用意されていない状態になった患者には「奇跡の〜」は魅惑の言葉。駆け落ちしてでも一緒になりたい相手なのだ。その熱い思いは、簡単には止めることができない。であれば、その「魅惑の君」を相手にひどいやけどをしないよう心の構えを持つことが必要。それは、深入りせず品定めすること。他の人に起きた「がんに奇跡」は、体質、性格、生活環境、がんの種類などすべてが微妙に違う自分に当てはまるとは限らないと考える。つまり「ヒントにしよう」程度の気持ちでつき合うことなのだ。

 そんな中で私は、不思議に回復した人の共通点として、これはヒントになると思えることをしぼってきた。

 その一、不思議に元気になった人たちには、必ず常識に反して発想を転換させた時期があるということ。

 その二、病気は最終的には自分が治すものだと覚悟し、死ぬことになっても自分の責任だと腹をくくって治療方法を決めていること。

 その三、生きていられるならば自分以外の人のために動こうと、自分の幸せより周りの幸せを考えて行動を起こしているということ。

 そしてもう一つ、そういう自分の決意や思いをきちんと周りに対して声に出して語っている、ということを加えられると思うのだ。

 今月、声なき声に耳を傾けることについてこのコラムで書いたが、私はその実践として、最近、毎日我が家の庭のプチトマトやしその葉、玄関のアイビーや松の木など植物たちに話しかけるようになった。そんな姿を見られて、「あの人もいよいよ……」と思われてはと、ご近所の目を気にしつつではあるが、なるべく大きな声で話す。内容は、「お家を守ってくれてありがとう」という感謝の言葉、「体を絶対によくするからね」という決意の言葉、「お友達の体も良くなるように」という周りの人たちのことを思って祈る言葉。聴覚は潜在意識に訴えるという。そんな自分の声を毎日聴くと、自分がとても心清き優しい人になった気分! 心地よい。

 先月の診察室。上がり続ける腫瘍しゅようマーカーのデータを見ながら「先生、私このごろ、声に出して『がんは治る、絶対治る』って言うようにしてるんです。おまじないって結構効きますよねえ」と私。「う〜ん……」と言いながら中村先生は、すうっと、デスクの上のモニターに視線を移した。


インデックスへ

絵門トップへ