| 第68回 8月11日 |
「良くなるといいね」に温かさ ![]()
| 夏休みに涼しい信州に旅行に行こうということになり、近所の旅行会社に行った。いたいた。窓口に座る、小柄で可愛らしいトラベルアドバイザー嬢。去年の夏休みの旅行手配の時、私は彼女に「首、早く良くなるといいですね」と声をかけてもらったのだ。 骨転移で衝撃が危険なため、移動中は真夏でもプロテクターをはずせない。このため、「どうしたんですか? ムチ打ちですか?」と尋ねられることは多い。そのたびに、「え、まあ……」「ムチ打ちではなくて」「病気で骨が弱くなって」などと、相手によって返事を使い分けてきた。しかし、「早く良くなるといいですね」とだけ言われたのは初めて。私は、「ありがとう」と答えながら、なんと温かく気配りのある言葉かと、もし私に息子がいたならどんな手を尽くしてでも、この娘さんを嫁に迎えようとしただろう、などと考えた。 夏が来るたびに、今年も夫と一緒に旅行ができてよかった、と思う。その後、来年も10年後も、30年後もずっと元気に旅行ができれば幸せ、そうであるはずだと願う。普通はこんなことは考えないだろうと思うと、周りで旅行の申し込みをしている人を見て、ふとうらやましくなる。でもだからこそ、同じ旅行が数倍ありがたくなり幸せなのだと自分に言い聞かせ、再び「早く良くなるといいですね」という言葉がことのほかうれしかった理由に思いをはせた。 暑いのに首が具合悪そうで大変。「どうしたのかな?」とは思うがそれを尋ねるのは失礼だから、「早く良くなればいいな」と、優しい気持ちを持ってくれた。そんなシンプルな思いやりの一言。考えてみれば、がん全身転移となってから、私は「早く良くなるといいですね」と言われたことがめったにないことに気がついた。 普通の病気やけがなら「早く良くなるといいですね」は当たり前の言葉。でも、進行し悪くなっていくことが前提とされる病気の相手に、人はこの言葉をかけなくなるようだ。私は、どんなに状態が悪い仲間にでも、かつて自分が最悪の症状から良くなることができたように復活できると信じられるから、「早く良くなるといいね」と自然に言葉をかけるが、私自身が周りから言われることはないのだ。 それが証拠に、「私、完治しようと思っていますから」と言うと、目を丸くする人、返答に困った顔をする人がほとんど。皆、良くなることより悪くなることの方が納得しやすいのだ。でも、目指すことが「治す」ことでなくて、どうして力がわくだろう。 仕事で講演会場に行って、「大丈夫ですか?」と言われることがある。度重なると、「大丈夫だから来ているんです」と思わず言うのだが、意味するところがわかってもらえず何度となく言われる。私の後ろに「がん全身転移明神」という背後霊がいて、「悪くなるぞ、具合わるいぞ」としゃべっているのかなあ、という気持ちになる。 「暑い中、よく来てくれました」「早く良くなるといいですね」と普通の言葉がかけられなくなり、「大丈夫?」「無理しないで」という言葉を使ってしまう周りの心理。進行し悪くなっていくことが周り中の前提になれば、そう見られる病名をつけられた人は、周りの思惑に沿ってしまうかもしれない。普通に接して欲しいとしみじみ思う。 抗がん剤はしばらく休んでいるが、今の私はいたって元気。これから母になって30年後は息子の嫁探しをしているかも、と冗談でなく? 思っている。 |