第65回  6月 2日

夫が手料理、楽しみな定年後

 5月30日。定年後の夫婦の問題をテレビで特集していた。毎日夫が家にいるようになり、今まで適当に食事をすませていたのにそうはできなくなるなどで、妻にストレスがたまる。夫が、野菜作りなど実益も兼ねた趣味を持ったり、家事を手伝ったりという改善例が取り上げられた。決め手は、夫が料理をするようになることだという。この専門家の言葉に、私は夕べのあさりのみそ汁を思い出した。

 夫が休みの週末、私が仕事で出かける日も多い。だから一緒にいられる時はなるべく彼が喜ぶようにと思うのだが、基本的に家でのんびり過ごすのが好きな夫の要望にそっていると、朝何か作って片づけた、と思ったら、昼何か作って片づけた、と思ったら、夕方一緒に買い物してきた材料で夜何か作って片づけて、その合間に原稿をとパソコンに向かうが散漫ではかどらず……あっという間に一日が終わる。

 夜、テレビの前でくつろいでいる夫の後ろ姿を見てうらめしくなり、「私、がんなのよ! 首にプロテクターつけながらお料理してるのよ!」と、わめきたい気持ちに襲われたことが何度か。掃除や洗濯はよく手伝ってくれる夫だが、料理に関しては片付け以外全くしない。夫が料理をするかどうかは、共同生活者である夫婦にとって要の部分だと常々感じていたのだ。

 「夫婦はお互い愛し合って結婚するから、幸せな時間はその幸せを味わいたいため、それを崩すような内容の会話を避ける。だから話し合うべきことが話し合われず、話題になるのは頭にきてけんかになった時だけ。夫婦ほど何かをテーマに話し合いにくい人間関係はない。楽しく平静な時に意識して問題点について語り合うことが、真の愛を育むのです」。15年ほど前、妹の結婚式で聞いた神父様の言葉が心に残っている。それを思い出し、連休中、私は夫に「ねえ、ちょっと話をしない?」と言ってみた。

 がんとうまくつき合うにあたり、食事のことはとても大切になる。体によい料理がどんなものかは、勉強して嫌というほど知っている。ぜいたくである必要はない。良い素材を使ったシンプルな手作り料理が一番。普段は忙しくてできないが、せめて休日は、と説明。「この家で私以外の人が作った手作り料理が食べたいな。そしたら私の体、もっと良くなると思うんだけど」の一言に、なんとなくうなずいたような夫……。

 次の日曜日、夫の手作りみそ汁が食卓に。「なんか変な味だね」と夫。「そんなことない。うん、この大根上手に切れているじゃない」と私。せっかく芽生えた夫の料理への気持ちを、なえさせてなるものかと私は「おいしい」を連発したが、確かに変。実は、「だしはどれで取るの?」と尋ねられ、私はしいたけなどで煮出してビン詰めしておいただし汁を手渡したが、これが、がんにいいハーブを煮出したものを入れたビンと間違えていたと、翌朝、判明。1日100ccでよいものをお椀(わん)1杯も飲んだ。初の夫の味はハーブ入りみそ汁。うーん、体によさそう!

 5月29日、日曜日。夫手作りのおいしいあさりのみそ汁が食卓に。「あさりは、だし取らなくていいんだね」とつぶやく夫。隣で肩を並べ一緒にお料理する人がいると、同じ作業が数段楽しい。がんのおかげで40代から定年後の準備を始められた我が家。楽しい定年後の生活が待っていそうな気配。5歳年下の夫が定年を迎える以降、私は何十年も生きなくては! と思う。



インデックスへ

絵門トップへ