| 第62回 5月12日 |
患者と医師 本音の対話を![]()
| 5月2日、抗がん剤の点滴中、数カ月前に退院した仲間に再会。「わぁ!」とうれしさに大声をあげてしまった。 退院後の抗がん剤治療は地元の病院で受けていたが、「この薬は必ず効かなくなります」「思い出作りを」と言われ、打ちのめされたというメールがあり、彼女のことはずっと気になっていた。でもこの日、思い切って聖路加に来て、また前向きになれたという。同じ薬を「よくなろうね」と言われてするのと「効かなくなる」と言われながらするのとの違いを彼女のイキイキした表情が物語っていた。 彼女のメールは、先月21日の「ゆっくり日記」に引用し、「なぜ医師がこういう言葉を言う必要があるのか」と問いかけたが、これを読んで、私との面識はない、がん治療に携わる医師からメールが届いた。本人の承諾を得たので、抜粋したい。 ――思い出作りをしてください、という医師の発言は、たぶんそれを言った医師でさえ、人間として言う必要のないこととわかっていると思います。少しでも前向きなことをお話しして、目の前の患者さんの気持ちを上昇させ、自己免疫力というか生きる力みたいなものを上げることも大変重要なことと思います。できればそうしてあげたい。 でもできないのはやはり医師という立場上、いい加減なことは言えないし、正直な話、あとでトラブルになることは避けたいという意識からです。楽観的なことは言わない、というより言えないのです。現在、特に都会での医療は医師と患者との関係が大変冷たいものになっていると思います。何かあればすぐに訴えるという今の風潮は今後の日本の医療を大きく萎縮いしゅくさせていくと、現場ではみな思っています。 たとえば、余命はどのくらいですかと聞かれて、がんの進行した患者さんの場合はっきりしたことなんて言えないし、わからないのです。でも経験から一般的にはこのくらいとお話しする。その際、半年くらいかと思った場合、3カ月くらいですかねとお話しするとそれだけで名医になるし、反対に少しでも元気づけたくて1年くらいなどと言った場合には、そこまでその方の命が続かなければダメな医者ということになる。 それだけで済めばまだいいですが、家族が治療内容がダメだったのではないかと訴えると言い出す。医師は、安易なことを言えない現状があることと、人として少しでも元気づけてあげたいと思うこととのジレンマにいつもはさまれているのです―― こういう状況は私もそれなりに推測してはいたが、現場の医師がご自身の言葉で伝えてくれたことは大きい。保身は責めを負わせ過ぎる私たち患者の姿勢にも原因があるわけで、お互いの心の奥を一つずつ知っていくことが大切だとしみじみ思った。 つらいことが起きると攻撃の対象を探すのが人の常。「○○が悪い!」と攻撃することで、解決に近づいた気になれるからだ。だが、それは相手の一層の保身を呼び、悪循環。本音を出し合ってお互いの置かれている状況と心理を知ることで、誰かや何かをたたくことでは見えない策も見つかるはずと私は思う。 事故でも病気でもつらい事態の修復の一歩目は、敵と味方になるのではなく、本音を言う勇気と誠意を通して、問題の中身が見えるようにすることなのではないだろうか。医師からのメールは、このコラムがその役に立つ一歩目。感謝。今後、多くの「本音メール」を期待しています! |