第60回  4月21日

「いつかは治る」を元気の素に

 4月10日。保険、医療、福祉に携わる人たちとの親睦しんぼく会で「絵門さんが明るく元気でいられる一番の理由は?」と尋ねられた。
 確かに私は元気だ。特に多くの人たちが集まる場になると、一段とテンションも上がる。右半身全体の倦怠けんたいや、頭痛、首の重さなど気になる日もあるのだが、みんなとワイワイしていると忘れてしまう。その朝、夫に「いよいよまたがんが暴れ出した……」とブツブツ言ったのはどこへやらだ。外にいると大抵元気なのでこういう質問をよく受けるのだが、この日はホスピス医療に携わる医師からの熱心な問いかけだったので、「役に立ちたい」と思い、改めて真剣に自分の中に答えを探した。

 「全身転移」「そのうち薬も効かなくなるかも」という状況。まともに考えれば、明るくしていられないはず。でも、意外に無理なく楽しい日々を過ごせている。最初からこうではなかったから、「慣れた」とも言えるが、もう少しもっともらしいことを言おうと「周りもいろいろ私に仕事を頼んでくれるし、私も何か役に立てることをしたいって、毎日、頭をいっぱいにさせているからじゃないかと思います」と答えた。周りが生きていくことに向かうロープを投げてくれる。私はそれを貪欲どんよくにつかむ。危ないがけに立っているのだが、後ろを振り返って確認することはあえてしない。だから私は、進行する病気がかなり進んだ段階にある、という現実から目をそらせ、能天気にしていられるのだと思ったのだ。

 しかし、帰路、この答えを反芻はんすうし「何か違う」と思った。間違いではないが、優等生的な気がする。元気でいられる今に感謝し、精いっぱい役に立ちたいという気持ちは確かにあるが、「あなた、そんなことだけで平常心を保てるほど立派なの?」というもう一人の自分の声が聞こえる。そして「あっ」と気がついた。「私、病気が治る日だってくるはずだと、本気で思ってるから元気なんだ」と。
 今日なかった薬が明日開発され、それが劇的に効く。急にがん細胞の気が変わって自然退縮する。確率は1%以下でもいい。ただ「あり得る」と思えていることが支えになっているのだ。日ごろ「がんとは共生していけばいい」と言っている私だが、根っこでは、「そのうちがんとおさらばできる」と思っていて、それがとてつもない力になっていることに気づいたのだ。

 「この人は、遠くない死を覚悟しているのに」という前提で、私に「なぜ元気なのか?」と質問されるのなら、その前提が実は私の中にはない。私は自分の病状を把握し、それが楽観できないことを知っている。西洋医学の治療の限界も知っている。奇跡をうたった民間療法、サプリメントで結果を出せる確率の低さも知っている。でも、その事実と命の可能性を切り離し別物にする作業を、無意識のうちに、私という生命体を守る一種の防衛本能として、しているのではないかと思う。

 「この薬も必ず効かなくなります」「良くなるなんてうそは言えません。思い出作りをして下さい」と主治医から言われたと、厳しい症状と格闘している仲間からのメールが届いた。こんな話ばかり。またか、と思う。パソコンが涙でぬれた。防衛本能を最大限発揮すべき時にそれをなえさせる向きの言葉に必要性があるのなら、怒らずに聞くから、こういう言葉を使っている医師たちに、私は説明を求めたいと思う。


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