第58回  4月 7日

自己責任で買う「命の株」

  4月1日朝。テレビの情報番組でペイオフ制度を取り上げていた。預金1千万円以上の保証について出演者が語り合っている。「いいなあ」と思った。1千万円以上の預金が保護されようがされまいが、私には痛くも痒かゆくもない。借金もないが預金もないから悩みたくても悩めない。

  西洋医学以外のあらゆる療法を試し、湯水のようにお金をつぎ込んだ1年2カ月の間に、私の貯金は完全に底をついた。その後も、西洋医学だけでは治癒という答えが出ていない全身転移という状態の中、命をつなぐ手立てになるかもしれないというものに出会えば試すことはやめていない。それに、抗がん剤など健康保険適用の分だけでも月に10万円はかかる。医療費控除で戻る分があってもかなりの金額だ。人工透析は患者たちの尽力でほとんどの人が無料で受けられるようになったのに、がん患者が抗がん剤で命をつなぐには大変な金額がかかるわけで、ずいぶん条件が違うなと思う。

  私には養い守らなければならない子どもはいないが、これで、自分のためだけにお金をつぎこめない養育費がかかる方たちはどんなに大変かと胸が痛む。「家族の生活をとるか自分の命をとるか」の選択を迫られる時だってあるに違いない。でも皆、口に出せない。カウンセリングでも、「最も心配なことは?」という質問に、「経済のこと」と本音で答えが出るのは、かなり信頼関係が出来てから。お金のことは話しづらい。でも、根幹を握る問題。だから著書「がんと一緒にゆっくりと」には、怪しいものにまでお金をつぎ込んだ状況や心理について恥をしのんで書き、話題になったが、新聞に書くにはさらに勇気がいる。58回目になるこの日記でも経済に触れるのは初めてである。

  がんになると多くの人が、自分の収入をどのくらい使って「自分の命という買い物」をするかというテーマに行き当たる。つまり、「自分の命をつなぐ株」をどこまで買い支えるかということ。「命がお金で買える」と、患者同士で話すことはよくあるのだ。だから、その株の中身は、リスクもメリットも費用もよく知った上で、納得して自分の責任で買っていきたいもの。

  4月2日。韓国ドラマ「美しき日々」の最終回を見た。慢性白血病になった主人公が、骨髄移植の手術を受けるどうかを、夫とともに決断するシーンに感銘した。彼女は、意見を言おうとして口を開きかけた夫を止め、何も言わせなかったのだ。「もしあなたが意見を言い、私がその通りにし、良い結果が出なかった場合、残されたあなたが悩むことになる」と言って、骨髄の適合性が低くリスクの高い手術を受けることを「自分で」決めた主人公。家族依存型の日本のドラマではあまり見られないシーン。手術が成功し、ハッピーエンドだったこともよかったが、私は、すべてを自分で背負って決断した主人公の毅然きぜんとした強さに、すがすがしさを見た。

  「がん保険 入っていればは 後の祭り」「ペイオフで 悩める人は 感謝して」……2句上がり! と屈折した思いに浸ってないで、私もすがすがしく生きたいと思う。何の保証も求めず精いっぱい今を咲いて周りを幸せにする桜の花のように……そう思って桜を眺めたら、桜は「はかなく美しい」というより、「たくましく美しい」と言われたいと思っているような気がした。


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