第57回  3月31日

薬の進歩をわかりやすく

  3月25日朝。通勤する夫を駅まで送るため車を運転していて気がついた。プロテクターをしていない!

  私は3年前、乳がんの骨転移で弱くなって骨折した第2から第4頸椎けいつい3本に、ピンポイントで放射線を当てる治療を受けた。このため激痛からは解放されたが、上を向くことと30度以上首を左右に回すことができなくなり、折れたまま固めた骨はちょうつがいの逆さまのようになっていて、筋肉の力で頭を支えるという重くてつらい状況は続いている。最も注意しなくてはならないのは衝撃を受けること。転んだり振動を受けたりすることで、固めた骨が崩れたら大変。そのため特に移動時は、むち打ち症で使うあごの部分をしっかり支えるプロテクターがはずせない。それをうっかり忘れて運転していた。頭の重さが気にならないほど首の調子がよかったのだ。

  5年前、私に乳がんであることを伝えた病院の医師は、治療に消極的な発言をする私に「放っておくと、肺、肝臓、リンパ、最後は骨に転移するんですよ。骨に転移すると痛いんですよね、これが」と言った。この瞬間、私の中に「骨に転移すると最後。痛くて打つ手がない」という思い込みができた。だから、3年前、聖路加に入院し、首の激痛が骨転移のためだと知った時、「こうなると最後。強い痛み止めを使ってもらって痛みを和らげてもらいながら死ぬしかないんだ」と思った。

  しかし、実際は違った。放射線の治療は見事に激痛を取り除いた。その後、最初の1年は、骨にカルシウムを戻すゾメタという新薬の治験患者になり、以後はアレディアという薬の治療で、私は、手足の骨を除いてすべての骨にがん細胞が転移していながら、痛み止めの薬一つ使うことなく、日常生活を元気に支障なくこなし3年になっている。

  最近、1回30ミリを月に2回というアレディアの投与量が、1回90ミリを月に1回に変わった。そうなってから、首の調子がますますよい。退院した時は「この病気、良くなるということはないのだからせめて維持できれば」という思いだった。でも、私の状況は確実によくなっている。薬の種類も使い方も日進月歩。その恩恵にあずかれば、可能性は限りないのだ。5年前、そういう発想のかけらでも情報としてもらえていたなら、私も、全身転移に至るまで、西洋医学を否定することがなかったのではないかと、ふと思う。

  3月18日。がん治療にかかわる薬を製造している製薬会社で講演。私は薬への感謝を述べるとともに、全国に医療の格差が存在し、骨転移していてもアレディアの存在さえ知らない患者がいるという現実の中、末端ユーザーである患者が直接薬の知識を得ていけることが望まれると訴えた。専門用語が多く、素人には難しい医療や薬にかかわる情報の提供がわかりやすい言葉や方法でされるようになることと、委ねるのではなく「もっと良い方法を」と、がんと一緒に心地よく生き抜く道を追い求める患者の姿勢、この両方が必要。よく勉強している医師に運良く出会えた患者は救われ、そうでない患者は、みすみすつらい思いをし続けている。そんなことはあってはならないはず。

  理科系は大の苦手な私。だからこそ、わかりやすいものが書けるはず。首はますます良くなると信じ、でも、移動時のプロテクターは忘れないように気をつけて、この日記もがんばります!


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