第53回  3月 3日

数秒の言葉で前向きになれる

  2月26日、アメリカに住んでいる友人が、こんなメールを送ってくれた。妻であり母である彼女は、今、がんの患者でもある。「ドラマや映画ではがん患者が死んでしまうことが多いね。多分ストーリーをドラマチックにするためだと思う。でも、そんな話をうのみにしてはいけないよ。君たちの目の前にいるママを信じなさい」すてきな言葉でしょ? 先週の「ゆっくり日記」をアサヒ・コムで読んで伝えたくなったの。治療を始めた頃、私の主治医が病気と治療の説明を、長い時間かけて子どもたちにしてくれた時、主治医が最後に言ってくれた言葉よ。私たち家族は、この言葉にずっと支えられてきたと思う

  日本を離れ、心細いこともあると思うのに、いつも彼女は明るい。その原点は、アメリカの医療云々うんぬんではなく、たった数秒の言葉によって、家族を前向きにさせた主治医の人間性だったのだ。

  02年3月1日、私は聖路加を退院した。ちょうど3年が過ぎたと、しみじみ思う。退院といっても、ガリガリにやせ、まだ10歩進んでは呼吸を整え、1時間起きては横になり……という状態。そんな私を、主治医の中村清吾先生は「これからはどれだけがんのことを忘れている時間を作るかが大切だよ。がんのことを考えるのは僕に会っている時だけでいいですから」と言って送り出した。「こんな体で退院したって、またすぐ病院に舞い戻るのでは」という私の不安を瞬時に取り去り、代わりにがんを忘れ過ぎ(?)だと周りを不安にさせるほどの今の元気につないでくれた言葉だった。入院当初の「がまんしちゃったんだね」「ダメなんてことないよ」「転移しちゃってるんだから心配ないよ」という中村先生語録3点セットとともに、私の脳の奥深いところにインプットされ、落ち込みモードの時にはいつも登場。3年の日々を支えてくれたのだ。

  やはり先端医療云々以前に人間性。そして、肝心なのがタイミングと相性。アメリカの友人も私も主治医と良いタイミングで良い相性になれる時に出会ったのだと思う。

  ものを書いたり、人前で話したりする時、説得力を持たせ、わかりやすい話にするため、どうしてもスタンスをどこかにはっきりと置くことと、「○○というものは……」と物事を大まかな分類でくくることをしがちだといつも思う。その最たるものは、人を4種類に分けて盛り上がれる血液型談議じゃないかと思うが、医師は、患者は、西洋医学は、民間療法は……と、何かを何かに所属させて話すとわかったような気にできるからだ。

  しかし、それによって語れるのは、あくまで傾向であり真実ではない。だから「いい病院は? いい医者は?」というカウンセリングでの質問への答えは、傾向もしくは情報源が確かな具体例を挙げるにとどめることが最も誠実。もし、「〇〇医師はいい」と断言されたら、それだけで信用できないと考えた方がいいと私は思う。

  情報を求める側は、うのみにしないことが大切。そうやって「自分自身のオリジナルな道=私を支えた〇〇」という真実に出会えた人たちは、がんでもみんな元気……と書きながら、風邪を引いた夫に「免疫力が落ちているからよ」と、嫌がっているのにサプリメントを飲むよう勧めた私は、なんと断定的だったことか!


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