| 第51回 2月17日 |
「あなたが必要」照れず伝えて![]()
| 2月10日。新年の対談で登場いただいた女優の音無美紀子さんのご主人、村井国夫さんと春風ひとみさん主演のブロードウェーミュージカル「I do! I do!(結婚物語)」を観劇。 「永遠の愛を誓いますか?」に対し「I do!(はい)」と答える結婚の日から物語は始まる。その後、子育て、夫婦の危機、子どもたちの成長と平和な生活、子どもたちの結婚、夫婦の心のすれ違い、再び夫婦手を取り合い……ラストは、舞台上で老化粧をしたマイケルとアグネスが、年をとった夫婦が暮らすのに合った小さい家に越すため、長年住んだ家を出ていくシーン。主演のお二人の息の合った見事な歌と踊りと芝居に、対談で伺った村井さんと音無さんの愛情あふれたご夫妻の歩みを重ねながら、トム・ジョーンズの名作の底力を感じていた。結婚生活の平凡ともいえる断片をつづりながら、世界中の男女を「うんうん」とうなずかせ、決して飽きさせないのだ。 実は今から18年前、NHKを辞めて間もない頃、私はこのアグネス役で舞台に立った。女優としてドラマには出ていたが、歌や踊りをプロとして披露したことは一度もない。その私が、いきなり20曲歌って踊る二人芝居の大役で1カ月の公演。歌も踊りも、役の中でアグネスが弾くバイオリンも、一からレッスンを受け、寝ても覚めても「I do! I do!」の日々。公演は成功し、頑張れば不可能も可能にできる経験となったが、この日、村井さんの公演のパンフレットに、過去この作品に主演した役者の名前が掲載されており、越路吹雪さんや草笛光子さんのお名前の中に恐れ多くも池田裕子(かつての私)の名前を見つけた時は、びっくり。思わず周りを見回しうつむいた。 心にしみるシーンがある。子どもたちが嫁いだ後、自分の役割が終わったと、むなしさに突然襲われたアグネス。夫には仕事がある、でも私は……。「仕事仕事」と妻の心の奥の揺らぎに気づかない夫に、アグネスは「家を出る」と言う。この事態に初めてアグネスの心に向き合ったマイケルは、しぼり出すよう「僕には君が必要なんだ」と言う。その言葉で、はらはらとアグネスの目から涙が落ちる……。30代になったばかりの私は未熟で、演出家にこのシーンの重みが表現できていないとずいぶん叱しかられた。「今の私ならなあ……」と思うと、骨転移した首が動かなくなり、女優として舞台に立つことがあり得なくなったことが少し悲しい。 夫婦のどちらかががんになると、多くの夫婦は自分たちの有り様を見つめ直す。その中で、「あなたが必要」と改めて気づき、その思いをきちんと伝えることになったなら、それはがんが大切な人とのきずなを深めるチャンスをくれたようなものになると思う。「必要」の一言がアグネスの心をほぐし涙を流させたように、がんと知ったショックで立ち上がれない時、大切な人の言葉や行動で「あなたが必要」と明確に認識させられたら、それだけでがんになった細胞が溶けて正常化する場合もあるかもしれないと私は思うのだ。 大切な人を支えるには、治療法や病院を探すより前に「計り知れないほど愛している」ということを照れずにきちんと伝えること。久しぶりのアグネスの涙がそう教えてくれた気がした。 |