第44回 12月16日

幸運を運んでくれる「赤い色」

  12月12日。ポインセチアの鉢を部屋に飾った。ワンポイントの赤い色が加わって、リビングルームがなんとなく元気になったよう。

  3年前の3月。退院したてで背中や胸がまだ苦しく、横になっている時間が多かった。赤が私のラッキーカラーだと聞いて真っ赤なソファベッドを買ってテレビの前に置いた。退院後、初めての買い物。今は事務所の来客用で、ベッドに使われることはない。元気をくれたのかなと思う。

  23年前のこと。NHKの「ニュースワイド」に出演のため、朝4時に出勤したが、高速道路が事故渋滞で全く動かなくなった。携帯電話もない時代。私は車を降りて、最も近い用賀のインターを目指して走ることにした。その日、赤い色のスカートをはいていた。若い女性が朝4時、高速道路を走っている。当然目立つ。トラックの窓から「どうしたんだろう」と運転手さんの顔がのぞく。「きっとトイレ我慢できなくなったんだよ」の声に送られ、一般道に降りてタクシーを拾い、番組に間に合った。10分近く走ったのと、恥ずかしかったので、顔は真っ赤。同じ渋滞でゲストが間に合わなかった中、アナウンサーの私は、準備にも支障なく職務を遂行できた。NHK在職中の7年間で唯一、上司にほめられた勇気と決断の思い出となった。

  10年前。CS放送の朝日ニュースターでニュースを読んでいた頃。1年ぶりにはいたスカートのウエストが緩くなっていたので、かぎホックの位置だけ直してはいて出かけた。そのホックが、原稿の下読み中に外れ、よれていたチャックが開いていた。席を立った瞬間にスカートがすとんと落ちた。スパッツをはいていたのがせめてもの救い。すぐ拾い上げ、周りを見回した。見て見ぬふりをするスタッフが1人目に入った。私も何事もなかったかのような顔を通した。数カ月後、「スカート、落としたことありますか?」と、あの日あの場にいなかった男性(後の夫)から聞かれ、話は会社中に広がっていたことが判明。面白い話にふたはできない。あの時のスカートも赤一色だった。

  8年前の11月。私の結婚披露宴に、真っ白なスーツに真っ赤なシルクハット姿でお祝いに来てくれた男性がいた。東京ヨガセンターの羽成孝先生。「お祝いの席なのに黒い服はおかしい」という先生は、何につけても既成概念にとらわれない発想でいつもステキに輝いている。

  12月2日。その羽成先生の75歳の誕生パーティー。私は、かつてのヨガの生徒として、先生の赤いシルクハットの心意気に応えようと、フルートを持参。「旅愁」を吹いたが、フルートが汗で滑ってスカスカの音がやっと出ただけ。何の曲かかろうじてわかると、会場のみんなが「ラララ」と歌って手拍子。そして情けの拍手……。とんだ赤っ恥。でもみんなの優しさに励まされたあの日以来、私は練習を欠かさなくなった。

  紆余うよ曲折の後に幸運を運んでくれる赤い色。来年「年女」の私は、次の(本当は次の次と書きたいが)年女の12年後、還暦の赤いチャンチャンコを着る日を目指します。

  11月24日。赤いカーディガンを着て、プロフィル写真を撮影。新年からこの「ゆっくり日記」の写真は赤いパワーとともに一新します。お楽しみに!


インデックスへ

絵門トップへ