第43回 12月 2日

 言葉に出さない心の葛藤

  11月22日。「伏線があるのよねえ」と私は治療仲間に話し始めた。

  たとえば。朝起きる。食卓が片づいていない。前の晩の夕食後、パソコンには向かったのに、後片づけはできなかった。やっと食器洗いを始めたが、その時また夕べのように、ビキビキと胸のしこりが痛んだ。腫瘍しゅようマーカーが上がってきたため、抗がん剤を増やすことを、前の診察で提案されている。「もう1カ月様子を見たい」と私が言い、話が今月29日に聖路加で行うチャリティー朗読コンサートのことにそれ、診察室を出たのだが、「そういえば中村先生、今のままにしておくとしこりに痛みが出るかもしれないって言ってたな」と主治医の言葉を思い出す。

  「免疫力を上げることをやって、来月のマーカー下げて、薬を増やさずに済まそう!」と強気でいたが、急に不安になる。「やっぱり、そのうちがんが暴れだし、今の毎日に終わりが来るのかな」と思う。すると、腰の骨が痛く、肺も重苦しいような気が急にしてきた。また片づけをする気を失い、パソコンに向かった。

  そこに起きてきた夫が「テーブルの上、片付けてからやればいいのに」と言ったとする。「わかってくれないのね!」となるわけだ。

  こういう伏線があって、八つ当たりするのは私だけかと思ったら、みんな「そうそう」と具体例を話し出し、盛り上がった。体のちょっとした異変と病気に関する情報で、頭の中はいつもがんにかかわる思いがかけめぐっている。全部は口に出さないから、周りには分からない。

  「笑うことが大切。今を生きることが大切」と自分に言い聞かせながら、体に小さな変調が起こるごとに浮かぶ、泣き出したいような不安を心の中で打ち消し続けているのが、がんを抱える仲間の日常だと思う。

  「がんは死んでいく準備ができるから、いい病気ね」と言った人がいた。「今を大切に生きればいい、私たちだって明日のことはわからないんだから」という言葉はよく聞かされる。患者同士では言い合っても、周りには言ってもらわなくてもいいな、と思う。

  23日。神奈川県医師会のフォーラムで私は、「『今を精いっぱい生きたらいい』と自分のデータを把握している主治医に言われたら、絶望を突きつけられたことになります。同じ言葉でも誰に言われたかで、意味合いが変わるわけです。『沈没するから今を楽しめばいい』とかじを投げ出す船長はいないでしょう。治療に当たる方々は、仮に1秒後に息を引き取るにしても、『大丈夫、なんとかする』という姿勢でい続けて欲しいのです」と話した。

  患者は、すべて承知した上で、自分の気持ちをなえさせず、家族を暗くさせないよう、荒海を精いっぱい前に進んでいる。必要なのは希望の光を送ってくれる灯台だけ。それには、「病気の状態」と「命の期限」を徹底して切り離すことが必要。命の期限だけは「わからない」という砦とりでで守ってもらえ、伏線になる心の葛藤かっとうの存在を感じてもらえたら、優しく強い思いになれて、がんでも寿命をまっとうできると私は思う。

  28日。これを読んだ夫は「ゆう子はがんになる前から、片づけ、できなかったよ」と言った。もう!


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