第41回11月11日

感謝の心も音色も安定 2年目へ

  11月3日。やはり文化の日は晴れの特異日。雨戸を開けると、はじけるような太陽の光。気持ちがいい。

  体を伸ばして横になり熟睡して朝を迎える。その当たり前のことが、痛くて苦しくて、できなくなった時期があった。それを取り戻せて「なんてありがたい」と感謝感謝だったが、それがまた当たり前のことになってしまっていると、新潟の地震で被災された方の「体を伸ばして寝られてありがたい」という声を聞いて改めて思った。

  去年の11月にこのコラムが始まり、ちょうど1年。初回のタイトルは「今の自分に感謝できれば」。それよりさらに1年前に書いた著書「がんと一緒にゆっくりと」には、心身ともに究極の危機を助けられた感謝の気持ちがあふれている。

  しかし、感謝に満たされた謙虚な気持ちを持続させることは難しい。このごろの私は、ちょっとどうかなと自分でよく思う。

  がんになるのは、いろいろ考えすぎてしまうタイプの人が多い。私のようによくしゃべり、表面的にそう見えない人でも、実は一番の本音は主張できず「我慢すること」や「合わせること」を選んでいたりする。

  だから、呼ばれたフォーラムなどでは、「言いたいことを抑えてしまう慎み深い他の患者仲間の代わりに、自分が…」と謙虚も感謝もさておいての発言をしていたりするのだ。

  先月、主治医の中村清吾先生と同席した、有楽町でのピンクリボンのディスカッションでも、「コンコンとノックして診察室に入るとき、思い出してしまうんです。かつてバスケットに夢中になりすぎて、成績が落ちて職員室に呼び出されたときのこと。先生の前で背中を丸めてしまうんです」「ここにいる中村先生とは普通に話せても、診察室にいる先生だと違ってしまう。患者という立場、診療室という環境がそうさせていると思います」。生きるか死ぬかを助けてくれた主治医の隣でよく言えたものと、後で思い、その後の診察の時、「この前は勝手なことばかり言って……」とまた背中を丸めた。

  先生の「そんなことはないよ」の一言にホッとしたわけだが、善しあしは別に、私はこの1年で進化した。言いたいことをますます言うようになり、治療仲間が増えてがんと一緒に生きる心細さが減り、怒りを悲しみでなく闘志に転換できるようになった。退院の時の「がんを忘れていられる時間を作ることが大切」という中村先生の言葉に忠実に、がんを忘れて夢中になれる手段も増やした。

  その一つがフルート。何カ月も音を出せなかったが、今は簡単な曲に挑戦している。息を深く吸い、長く細く吐きながら吹くフルートは、座禅やヨガの呼吸法にも似て、無心になり心は安定、脳にはアルファ波。今やがんを全身的に抑えこむ最良の友。

  しかし、息の当たる位置が1ミリでもずれれば音にならず、指使いの間違いも頻繁。休日のたび、よく知られた曲のぶつ切り演奏を聞かされる夫はつらい。

  「きょうは、もう練習……終わりにしたら?」と言う彼もアルファ波に満たされるのはいつの日か。感謝の心もフルートの音色も安定させたい秋このごろ、ゆっくり日記は2年目に突入、頑張ります。新潟の被災地の復興を心よりお祈りして。


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