| 第40回10月21日 |
見返す気持ちを起爆剤に![]()
| 10月3日、テレビからの声に振り返った。 「みんな子どもの頃に夢を持っているんですよね。それを口にすると、周りの大人は『それは無理だ』と言ったりする」 米大リーグの年間最多安打記録を更新したイチロー選手のインタビューだった。彼自身も子どもの頃そういうことを言われたが、子どもが胸に抱く大きな夢を、周りがつぶさないで、という話をしていたと思う。 私は、彼の言葉に意を得たりとばかり、「ね。だから『余命』とか『末期』だとか治る可能性を奪う言葉はあってはならないのよ」と夫に演説。夫は「また始まった」という顔をした。 イチローの偉業に例えるには気がひけるが、私自身にも似たような経験がある。子どもの頃、NHKの「スタジオ102」というニュース番組を見て、「これに出ているお姉さんになりたい!」といった私。それを聞いた祖母は「ばかね、この子は。こういうお仕事は頭も器量も良くないとできないのよ」と言った。その時「器量」の意味がわからず、後で母に教えられて知って、二重にショックを受けたことを覚えている。 そんな私がアナウンサーになったわけだが、こういう経験は意外に誰にでもあるのでは、と考え、ふと思った。もしあの時、祖母から「それはステキな夢ね。きっとなれるわよ」と優しく言われていたらどうだったろう、と。 今考えると、あの情け容赦ない祖母の言葉が、夢へのハードルの高さを私に知らせ、夢実現への起爆剤となったかもしれないと思えるのだ。 がんになると、がんという病気が体をむしばむこと以外に、死に向かいやすい環境が患者の周りにできていく。その環境の一つに、周りが優しくなりすぎ、本人も清く穏やかな心を目指そうとしすぎて、闘志がそがれるということもあると思う。 がんになると、自分の心の持ち方に悪い点があったかと考える。そんな時、「病気の経験から謙虚に学び、がんに『ありがとう』と言った方がいい、そう言えた人は奇跡的に回復している」という話に出会う。 私もそんな流れで「心清き人」になろうと頑張り、胸の奥に恨み節が生まれると、「感謝の心にならなければ」とあわてて自分に言い聞かせてきた。つまり、がんは本人や家族を「優しくいい人」にさせる水先案内人となるわけだ。 でも……と思う。腫れ物に触るようにするから、腫れ物が余計に腫れるという面もあるのではないか。 「余命を言うな」という主張は必要。でも、人の心と口に完全にフタはできない。ならば、余命を言われたら「その通りにしてたまるか!」とファイトを燃やせる相手ができてよかったと考えて悔しさを闘志に変える。「悔しい、見返してやろう」という思いは、「心静かに感謝する精神」より威力を発揮する場合もかなりあると思う。 それが証拠に、仲間たちの「言われた余命通りなら、私はこの世にいないのよ」という言葉、「してやったり!」という笑顔に、今までどれほど出会ってきたか知れないのだ。 ゆっくり日記は紙面の都合で2週お休み。次は11月11日です。私は大分の講演後、風邪をひき、せきのし過ぎで腰を痛め大変でしたがなんとか復活。皆さんも風邪に気をつけてくださいね! |