| 第39回10月14日 |
寄り添う心くれた愛犬思う秋 ![]()
| 小さな子犬だった。やんちゃに走り回りたい年頃。でも、隣を歩く飼い主を見上げながら、あたかも飼い主の呼吸に自分の呼吸を合わせるようにしてチョコチョコと歩いていた。 子犬の飼い主は、白髪のおじいさん。右手につえ、左手に鎖を握りながら、黙々と子犬とともに歩いていた。犬たちが鎖をはずして自由に走り回る公園でも、子犬は鎖を通して伝わるおじいさんの呼吸にだけ集中しているようだった。 この子犬とおじいさんの姿を見かけたのは今から3年以上前、ちょうどカウンセリングの勉強を始めた頃だった。心を寄り添わせることの難しさを学び始めたばかりの私の目に、子犬の姿は強烈に焼きついた。この子犬の名がタローであることを、後日、おじいさんから教えてもらった。 私の家にも、夫が、子犬の頃から飼ってきたチャロという犬がいた。タローは血統書つきの柴犬だったが、チャロは柴犬系の雑種。夫が放任主義なものだから、庭では鎖につながれることもなく、自由気ままに走り回っていた。 私が嫁いだ8年前、チャロは私を警戒し、よく「ウー」とうなった。私が連れてきた猫の小春と小夏は身のほども知らず、チャロに向かい「グアー」と威嚇した。しかし、そのうち庭にはチャロ、2階とベランダには小春と小夏という均衡状態が生まれ、私もチャロと一緒に散歩する仲になった。 「散歩よ!」という声で転がるように飛んでくる。首輪にロープをつけ門を開けると、全速力で一辻目の曲がり角まで猛進。その先の木立まで来てやっと一息つくと、後ろから息を切らして走ってきた私の存在に、今気がついたかのような顔をして振り返る。そこで、お決まりの木の根元で片足をあげて最初のおしっこ。そして、「じゃあ、連れてってやるよ」と言わんばかりに次の空き地に向かってまた突進する。 タローとチャロは大違い。チャロはいつも「オレが散歩に連れて行ってあげてる」と思っていたと思う。 それから私は、首の骨の痛みがひどくなり、チャロのワンマン散歩につき合うことができなくなったのだが、それから間もなく、今度はチャロ自身が散歩できなくなってしまった。もともと心臓が弱かったが、腹水がたまり、厳しい容体になり、息を引き取った。 それから3カ月後、私は聖路加国際病院に入院し、九死に一生を得る治療を受けられた。天国のチャロが算段して、病院を嫌がっている私が行かざるを得ないように、仕向けてくれたのかなと思ったりもする。 自然児チャロはタロー以上だったかもしれない。もの言わずただひたすらに心を寄り添わせ、私を助けようと命をかけてくれたように感じる。 亡くなる前の月夜の晩。いくら声をかけても、チャロは月を見上げたまま振り返らなかった。 「首が痛いんだろ。早く寝ろよ。オレは大丈夫だから。あの月に行ってその首を治す方法を聞いてきてやるよ」。後ろ姿はそう言っていたように思う。 10月7日。3年前のこの日、14歳で旅立ったチャロ。毎年この日はすてきな秋晴れだ。チャロやタローを見習って、しゃべり過ぎず、人の心に自分の心を寄り添わせられる、そんな生き方ができたら。大分での講演で、さんざんしゃべりまくった帰りの新幹線の中でしみじみ考えた。 |