第36回 9月16日

3割増しで前向きな私も…

  9月12日、日曜日。原稿が遅れて担当者を困らせてはならないと思いつつ、金曜日の締め切りをとうに過ぎた。まだ書けていない。

  「『ゆっくり日記』、楽しみにしています。読むと本当に元気になります!」連載が始まってから、あちこちでこんな声をかけられ、メールもいただく。うれしい。

  ただこうして連載を書き続けているうちに、いつの間にか、私の中で妙な役割意識が生まれていた。がんの患者さんやその家族の方々が読んで元気になってもらえるものを書かなくては、と。

  その思いは、私をずっと支えてくれて、私も「ゆっくり日記」に向かうという目標のおかげで元気をもらってきた。原稿のテーマを考えることが楽しく適度な緊張感にもなる。締め切りに遅れて、担当者に心配をかけることはあっても、なんてステキな場を与えられていることか、と感謝感謝で走ってきた。

  しかし、「がん」というタイトルがついているコーナーで「がん」に全く触れないわけにはいかず、触れた上で前向きになるように書く……。そうし続けることは、自分の中のある部分に目をつぶることになる、と感じ始めた。

  そもそも「書く」という行為には、その内容がすべて真実であっても、読みやすいものにするため「抜粋する」という行為が入ってくる。結果として、脚色されたようになる。

  著書「がんと一緒にゆっくりと」では、ずいぶん夫のことを書いた。「ご主人、素晴らしい方ですね」というたくさんの方々からの声。夫は面と向かってそう言われたとき、「はい、世間と本の中ではそういうことになっています」と答えた。

  私は「そんな風に言うと、まるで私がウソを書いているみたいじゃない」とムッとしたが、確かに、原稿にはよかったこと、うれしかったことばかりがクローズアップされる。ケンカしたこと、心がすれ違った時期のことをわざわざ取り上げて詳しくは書かない。

  だから、夫は3割増しでいい男! 私も3割増しに前向きながん患者!

  講演会場で「夫婦仲、いいんですね」「絵門さんはどうしてそんなに元気なの?」と聞かれると、私は「実はね……」と、決してそんな時ばかりではないことを話す。

  ちょっとした腰痛や頭痛のたび「いよいよダメかな」と必ず思うこと。一度折れた首は痛みこそ放射線治療で取り除いてもらえたが、決して上を向かず左右にもあまり動かずいつも重苦しいこと。そういう状況から逃げ出したいと思い、がん患者であることに辟易へきえきとしている自分がいること……。すべて正直に白状する。そうすると、「なあんだ、絵門さんもそうだったの」と聞いてくれた方も安心する。

  ぶつぶつ、しょぼしょぼ……。原稿が進まない私につきあう夫の日曜日もつらいはず。

  「ね、わかる? 私の気持ち。ゆけどもゆけども、がん患者。上を向くことのできないこの首。『上を向いて歩こう』だって歌えないんだから」とぼやく私に、「じゃあ仰向けに寝て歌えばいいよ」と夫。仰向けに寝てどう歩くのかと思うが、またも夫を3割増しにしたエピソード? 


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