| 第34回 9月 2日 |
前向きに生きる「武器」は笑顔
| 今年の夏は暑く、病気を持っている身にはこたえた。その上、同じ病気を抱える仲間のことで落ち込むことも多かった。 何年かがん患者でいると、仲間が増える。「こんな出会いがあったのだから、がんになってよかった」とさえ思わせてくれるステキな仲間。そんな仲間は「がん」という共通のテーマを持ちながら交流しているうちに、「戦友」という感覚になってくる。 一緒に笑う。「がんなんて、選ばれた繊細な神経の持ち主しかなれないのよ!」と気勢をあげる。自分がくじければ友もくじける。だからくじけたところは見せない。泣き合いたいところを平気なそぶりをし合う。私は戦争を知らない。戦友という感覚は想像の域を脱しないが、こんな感じかな、と思う。 仲間が厳しい治療に入ると、祈るような気持ちで前線から戻ってくることを待つ。また一緒に食事ができる日が来ることを信じる。だから戻ってこなかった場合は、立ち直れない気持ちになる。自分の身についてもある種の覚悟をし、一方で、友の分も前向きに長く強く生きなくてはと思う。 8月23日。1人で家具店に行き、鏡台の売り場を歩いた。長年あくせく忙しくしてきた私は、仕事場のメーク室で鏡に向かうことはあっても、自宅でゆっくり鏡台の前に座る時間など皆無だった。だから、わが家にはいわゆる鏡台という類のものがない。 入院中、やせ細ってしまっていた頃、私は病室のシャワールームの鏡からも目をそらせた。鏡に向かって自分の顔をゆっくり見る時間が持てること、それは幸せの象徴なのだと、そのとき気づかされた。以来、「鏡台を買おうかな」とずっと考えていたのだが、退院以降も何かと忙しくそれどころではなかった。それに、買いたての鏡台などは、残して私がいなくなった場合、夫が一番処分に困る物だろうな、とも考えた。 三面鏡の前に座ってみた。横顔も後ろもよく映る。近所の店なので化粧もせずウィッグもかぶらず普段着のまま出てきた。ごまかすものが何もないと、日ごろ若く見てもらえることがちょっと自慢の私だが年相応もいいところ。「こんな顔になってたんだ。けっこうオバサンだな」と病気と仕事に明け暮れ、パソコンに向かう時間の100分の1も鏡を見る時間に充ててこなかったことを反省した。 女を捨てていた私。「これからは鏡の前に優雅に座って自分と向き合う時間を作ろう。この鏡に自分の顔を映す日を1万日以上重ねよう!」と、思い切って三面鏡を買った。 「ニッ」と笑うと、口の脇の免疫力を上げるツボを刺激するのだそうだ。落ち込んでばかりではダメ。笑顔を鏡に映し、気合を入れ直そうと思い、90歳を過ぎて「ニッ」と笑う自分の顔を想像した。 微妙……。 8月28日。この日記で5月20日に紹介した「おひるねうさぎ楽坊」の和子さんが安らかに旅立った。「泣いちゃダメ!みんなは笑顔でいれば大丈夫だからね」。いつも周りを気遣う優しい和子さんの声を聞いた気がした。 ここは確かに戦場。でも、憎しみをぶつけ傷つけ合う戦争とは違う。愛を育み生を見つめる戦場。みんなをつないでくれた和子さん。悲鳴をあげたい悲しさをこらえ、涙をぬぐった。 |