第33回 8月26日

「鳴き声」に改めて命へ感謝

  この夏休み、北海道を旅行した。

  8月8日夜。函館山の夜景観光ツアーに参加。夏場は曇ることが多いというが、見事な夜景を見ることが出来た。「今晩のように下北半島まで見られる人は観光客のうち1割ぐらい。あなたがたはたぐいまれな運のいい人たち」とベテランのバスガイドさんの話術に乗せられ、思いっ切りラッキーな気分に。

  翌朝は、函館名物の朝市へ。水槽で泳ぐイカを釣り、その場でさばいてくれるコーナーに行ってみた。渡された竿さおを夫がたらすと、難なく1匹が釣り糸にかかった。水槽から出ると、イカは水を吹き、「キュイーン」と鳴いた。一瞬戸惑ったような表情になった夫。ドキンとした私。そのまま糸をはずされ、まないたの上に運ばれたイカは、しばらく待つと刺し身になって出てきた。

  割りばしを割る。夫と目が合う。「イカって鳴くんだな」と夫。「泣いてるようだったね」と私。「感謝していただかなくては」と言いながら、かつてないほど厳粛な気持ちでイカの身を口に運んだ。

  野菜や穀物もすべて命。私が一日生きるために犠牲になる命がいっぱいある。パッケージされ、料理されたものにしか触れない生活は、そのことに無頓着にさせる。失われる命に私たちは生かされている。イカが鳴くというのはおかしいかもしれないが、どんな説教より「キュイーン」の一声は心に響いた。

  イカがイカ釣り漁の光の下に集まるのは、明るいと餌がよく見えるからだと、前日のバスガイドさんは教えてくれた。イカもまた、他者の命をもらって自らの命をつなぐ。命の連鎖を意識して日々生きようとすれば、私たちは毎日を「ごめんなさい」と「ありがとう」という思いで埋め尽くしても足りないぐらいなのだと思った。

  11日、トマム地方の小高い山でハイキング。高速道路工事による森林伐採のため、最近はかなり低地にまでクマが出没するようだ。以前は鈴の音や人の声を警戒し、近づかなかったが、人慣れした「次世代クマ」は平気で人里に現れる。人と対面してしまったクマは銃で撃たざるを得ないという。こういう死は悲しい。

  命は他の命につながってこそ意味がある。がんになって、自分の命を周りの役に立てたいと考えるようになったという人の話をよく聞く。私もそうでありたいと思う。それが自然の摂理の中で生かされるということなのだろう。

  さて、骨転移で首の骨を痛めて以来避けてきた飛行機。夫と一緒ならと今回、がんになって初めての空の旅となった。

  ところが、この夫が大の飛行機嫌い。羽田への帰路。離陸するや「傾いてない?」。子どもの泣き声に「何か予感してるんじゃない?」。きわめつけは、羽田に着いた時の何ともうれしそうな顔。

  「この人を置いて先に死ねない」と思わせてくれるのも、がん患者を妻にもつ夫の励まし術か。それにしても、夫との飛行機の旅はこりごり。以前のように登山が出来るまで体が回復することを目指そうと思った次第です。皆様の夏休みはいかがでしたか。


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