第32回 8月19日

力を与えてくれた節子さん

  8月14日夜。アテネ五輪で日本に初の金メダルをもたらした柔道の戦い。強烈な気合と集中力。全身全霊を打ち込む人はこうも美しいものかと、闘う姿の輝きに魅せられた。そして、その美しさと輝きに、乳がんを抱えながら懸命に生き、闘った田原節子さんの姿を私は重ねていた。

  テレビの女性アナウンサーとして草分け的な存在で、乳がんを抱えてからは、エッセーなど、表現者として活躍されていた節子さん。その節子さんと一緒に、俵萠もえ子さんの「1、2の3で温泉に入る会」が主催する6月27日のトークショーにゲストとして出演することになり、私はとてもうれしかった。

  「タハラさん」と「タワラさん」ではわかりにくい。打ち合わせは、「セツコさん」「モエコさん」と呼ばせてもらいながら、電話でおしゃべりがてらやりとりを重ねた。

  ショーの前日は、節子さんが入院中の聖路加国際病院で打ち合わせ。節子さんは、起き上がることさえ辛つらいという容体だったが、「無理しないで」「大丈夫?」と言われるとかえって辛いことがわかるだけに体調には触れず、萠子さんを中心に陽気に内容を詰めていった。明日は必ず3人でトークができる。万一具合が悪ければ、2人ですればいいが、節子さんは元気に出演できるに決まっている。そんな思いだった。

  ふわっと柔らかい空気が病室に流れていた。アレンジの花かごのカードには、ご主人の総一朗さんと三人の娘さんの名前とともに、「愛してるよー」という文字が踊っている。明るくさりげなくつき添う娘さんたち。総一朗さんは、日ごろテレビでは見せたことのない穏やかな優しい笑顔。節子さんの存在が皆を温かくつないでいた。

  当日は、ベッドのまま車で会場に。でも、本番はいすに座り、オレンジ色の服に身を包み、舞台をこなした。客席の最前列には総一朗さんのいたわりにあふれるまなざし。誰もが、節子さんのかみしめるような一言一言に心を打たれた。「今一番思うことは?」という最後の萠子さんの質問に、「頼りにされたーい!」とちゃめっ気たっぷりに言った節子さん。共感の波が会場を包んだ。

  この10日後、節子さんは再発がんをテーマにしたNHKの番組にも生出演し、打つ手がなくなり「敗北」を宣言する医療の対応についてコメントしている。

  「敗北と言われると殴られたような思いになる。じゃあ明日死ぬのか。そうではない。がんという病気はとにかく気力。明日だけでも生きて自分がものを考えていける一日にしたい。その希望に向かって背中をたたいてほしい」と、多くの患者の気持ちを代弁。その気迫に、私は圧倒される思いだった。

  8月13日。総一朗さんが平壌で取材中の朝、節子さんは息をひきとったという。仕事で結ばれた同志のようなお2人。きっと節子さんの魂は、この世を旅立つ間際、節子さんが最も好きだったはずの「仕事で闘っている夫の姿」を目に焼きつけていったにちがいない。

  家族の温かいつながりも、仕事への使命感も、すべて全身全霊だった。その後に訪れる「死」は、終結でも敗北でもなく、むしろ次のステージに活躍の場を移す出発となるのではないだろうか。

  がん細胞と闘うことのみに終始せず、生きることに向かい、周りに力を与えて67歳で出発した節子さん。多くを教えていただき、ありがとうござました!


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