第29回 7月 8日

「へのカッパ」唱えて力わく

  7月3日朝。夫が、「ゆう子が死ぬとしたらがんではなくて過労死だよ」と言った。

  なるほど。夕べも寝たのは午前2時。朝6時台から休みなく動き続け、床に就くのがこのところこんな時間。がん患者にあるまじき生活だ。例えるなら、バケツの水を頭からかぶって火事場の中をかけぬけている気分。止まらずに走り続ければ体に火が回らないですむ。進めるだけ進もう! という感じ。

  「いつ死ぬかわからない」と、どこかで思っている自分があせらせているのだと思う。といっても悲壮なわけではなく、疲れを感じず自然に出来ているのだから不思議。というか怖い。今月の腫瘍しゅようマーカーは157で先月より上がってしまったが、それについて主治医からも「普通の人より動いているからねえ……」の一言だった。

  乳がんの全身転移を知ってから2年半。「治癒よりがんとの共生が課題」と、私はかなり前向きに明るく生活してきた。それでも、ふと「もうがん患者やめたい。病院に行くのも、がんに良いということを取り入れることも、何もかも放り出しちゃおうかな」と思う日がある。

  特に、このところの梅雨を忘れたようなさわやかな陽気の日には「どうしてがんなんだろう。もうどうでもいいや」という気になったりする。耐えられない痛みがあるわけではなく、主治医にも恵まれ、「がんだから」というプレッシャーを与える人は周りに皆無で、ほとんど「野放し」なのに、檻おりの中にいる気分になるのだ。

  「再発転移してから、毎月病院でレントゲンを撮られ、がんの大きさをチェックされてたまらないの」という仲間の声を聞いた。患者ががんそのものに参るより、がん患者であることに疲れていくという面を考慮した医療が望まれる。がんとの共生には、たびたび押し寄せる「落ち込み」の谷間からはい出る手段を持つことが必要だ。

  祖母(ふぅちゃん)に電話をした。もうすぐ満92歳になるが、現役で茶道を教えていて、土曜日はおけいこ日。朝6時に起きて水屋と茶室を整え、道具を用意し、和服を着てお弟子さんを迎える準備を済ませたところだという。

  日頃「腰が痛い」と座り込んでいる時が多いのにおけいこ日は別人のようにしゃっきり。落ち込み気味の私が「ふぅちゃんの孫なんだから、がんだって平気よね」と言うと、「当たり前じゃない。がんなんてヘのカッパよ!」と笑いとばしてくれた。

  さて、NHKの朝ドラ「天花」。恋人の母は、「私、生きるわ!」と言ってアメリカに旅立った。「生きてほしい」と言い続けた天花。私はこの展開がうれしくて不覚にも涙が出た。天花は恋人の母が生きられることを、無邪気に心底信じ続けた。周りの人は、それで良いのだと思う。

  抗がん剤は続けているのに、髪が生えそろい、先週からウイッグ(かつら)を外し、ショートヘアで外出している。フルートのレッスンに向かう車中、耳元を吹き抜ける風が気持ちいい。そのうち薬をやめられる日が来ることを信じたい。

  ふぅちゃんも天花もフルートも、私を「落ち込み」からはい上がらせるカンフル剤。「がんなんてへのカッパ! がんだって私は生きる!」と何度か唱えててみたら、力がわいた。やっぱり私は、動けるだけ動こう。

  これからしばらくは高校野球の紙面で私の日記はお休み。8月上旬にまた、紙面でお会いしましょう!


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