第27回 6月10日

気分は快晴、「北斗星」の旅

  5月31日。1人でフルコースのディナーを楽しんでいた。赤いランプがテーブルを照らす。「『夜汽車』なんて死語に近いよな」という隣の席のご夫婦の会話が聞こえる。

  小樽への講演。首の骨と肺の具合のことが心配で、退院後は飛行機に乗っていない。だから寝台特急の「北斗星」号で往復することにした。夕方4時過ぎに上野駅で乗ると翌朝9時過ぎには札幌に着き、午前中の講演に間に合う。夕方再び札幌を発てば、あくる日の午前中には自宅に戻れる。北海道をとんぼ返りでは残念だが、講演後1人で旅を楽しむほどは体力に自信がなかった。

  北斗星の食堂車のメニューは、5千円を超えるフルコースか会席のみ。「1人で、そんなゼイタクな!」とお弁当を用意して乗り込むつもりだったが、17時間も同じ部屋にいるのでは息が詰まるかと、考えを変えた。「北斗星」はその古めかしい車体や車内の雰囲気が、大正浪漫を思わせておしゃれ。映画ならステキな紳士が現れ、「お嬢様、前の席、よろしいですか?」となるところ……と想像をたくましくしたが、「お嬢様はずうずうし過ぎるか」と慌てて訂正した。

  この日の午前中は聖路加病院にいた。抗がん剤の治療に加え、月に1回、主治医から腫瘍しゅようマーカーの数値を知らされる日だった。先回は170まで下がって喜んだが、今回上がっている可能性もある。となると、悩みを抱えて独り寝台車に乗ることになり、気を紛らわす相手もなく、相当ゆううつな長旅になるわけだ。曜日をずらしてもらおうかと前の晩まで迷っていた。

  学期末、成績表を渡される前の子どものドキドキを、退院後2年以上、月に1回、ずっと味わっている。「目覚めたら、『がんなんてなかったんだ』っていう朝が来ないかなあ」などと思うのは、ドキドキ診察室の前で待つ時。

  「がんになって、前より幸せになった点もいっぱい!」とハイテンションで言っている私も一皮むけばこんな本音が顔を出す。

  悩んだ末、遅かれ早かれ知るべきことだと覚悟を決め病院に向かった。そして、「すごいね、2ケタ台になったよ」という中村先生の声を夢のように聞いた。

  25以下という正常値が視野に入る気もする94という数値。「表彰状のように飾っておきたい」と言ってはしゃぐ私に「念力で治せちゃうんじゃない? でも、無理しちゃダメだよ」と先生。

  「そのうち薬が効かなくなる」とか、「全身転移しているんだから」とかは考えずに、今を喜ぼうと思った。生かされて元気に動けることに「ありがとう」と、あっちにもこっちにも言いまくりながら生きていようと、気持ちが軽くなった。

  「数値に一喜一憂しない方がいい」と人には言いながらこの有頂天。まさしく一喜一憂。人前でえらそうに講演する資格なんて私にはないかも、と思った。

  「世界中のがん患者が念力で病気から解放される朝が来たらいいのに」などとつらつら考え、北斗星に揺られながら赤ワインでほろ酔い加減の私は、「ほら、『夜汽車』を歌った歌があっただろう?」という隣席のご主人の声で我に返った。

  懐かしい「花嫁」の歌を口ずさみ、夜汽車に乗って嫁いでいく気分で眠りにつき、迎えた北海道の朝は最高の快晴。大地を感じながらのゆっくり旅もがんになったからこそできたこと。だから、やっぱりがんにもありがとう!


インデックスへ

絵門トップへ