第25回 5月20日

点滴しながらレストランで歓談

  去年の3月1日、私は、聖路加国際病院の外来点滴センターのベッドで、初めての抗がん剤(タキソール)治療が始まるのを待っていた。入院中から使っていたホルモンの薬が1年たって効かなくなり、がんの勢いを示す腫瘍しゅようマーカーが上がり出した。正常値は25以下なのに、数値が2千を超えたこの日、ついに抗がん剤を始めることになったのだ。

  入院後、西洋医学への認識を大きく変えた私だが、亡くなった母の治療の様子を見て植え付けられた「抗がん剤だけは嫌」という思いから簡単には抜け出せなかった。だから準備を進める看護師さんに思わず不安を口にしたと思う。

  その時、するすると仕切りのカーテンが開き、私は、隣のベッドで治療を受けていた和子さんの華やいだ柔らかい声を聞いた。

  「こんにちは。あなたも私と同じご病気かしら? 大丈夫よ。抗がん剤の副作用、大したことないからね」。ふっと体の力が抜け、初日の治療は難なく終わった。

  週に1度、同じ曜日に治療を受ける仲間の輪が、優しい和子さんの周りには自然に広がる。通院が「治療のため」から「仲間との気の置けないおしゃべりのため」に気持ちの上で置き換わる。楽しく治療を受ければ薬の効果も上がるというもの。

  乳がんの患者は、明るく元気のいい人が多い。だから仲間の輪もできやすい。しかし、点滴センターでは、通院が可能な患者さんばかりとはいえ、静かに寝ていたい方などいろいろな状態の方たちが治療を受けている。おしゃべりが迷惑にならないようにと、私たちは、いつの日からか病院内のレストランに移動するようになった。

  「はい、〇〇さんは、今から1時間後に戻ってくれれば大丈夫ですよ」

  点滴をキャスター付きの点滴棒にかけて看護師さんたちは気持ちよく送り出してくれる。レストランでも、点滴棒が横に置ける奥の方の席を親切に用意してくれる。一般の方たちが食事をするレストランで、点滴ラインが腕につながった治療中の患者が食事をするという風景はなかなかないことかもしれない。

  目の届かないところに居ることが、看護師さんに負担をかけている面もあると思う。それに目をつぶり、温かく見守ってくれることに感謝。治療に良い結果を出すことで恩返ししたいと、みんな思っている。

  長ければ5時間かかる点滴の間を、患者同士だからこそできる話をして過ごす。場所が、ベッドでなく気持ちの良いレストランであることの意味は大きい。

  5月14日。我らが自称「点滴軍団」は、3カ月前に交わした約束を実現した。

  たまには点滴抜きでランチをしよう!

  ゴージャスなホテルでランチバイキング。7人でテーブルを囲む。食欲旺盛、元気いっぱい、みんな実年齢より10歳は若く見える(おしゃれなウィッグのせい?)。本当はそれぞれに辛つらい症状を抱え、転移があるからこそ抗がん剤や放射線の治療を受けている患者ばかりなのだが、病人になんて決して見えない。

  がんが広がってもうまく共存すればいいじゃない。うさぎとカメの物語で、昼寝しているうさぎになればいいと、「点滴軍団」はこの日「おひるねうさぎ楽坊」に改名した。

  「カーテンを開けた和子さんは岩戸を開けた天照大神!」と言った私に、みんなはにっこりうなずいた。


インデックスへ

絵門トップへ