第16回 3月11日

何でもない日常に感じる安心

  2月29日。自宅のある千葉県八千代市の勝田台文化センターのホールで「浪漫朗読コンサート」を開いた。

  私は転勤族の娘で、生まれてこのかた、5年以上住んだ土地がなかった。結婚後、夫の両親が二世帯住宅に建て替えてくれてこの八千代市に住み始めたのが6年前。私の人生の中で最も長く住んだ土地になった。あの究極の症状に陥った2年前に助けてもらい、自宅に戻れたので、「5年以上同じところに住めない」というジンクスは破られた。

  夫の両親と同居。世間では難しい面ばかりが取りざたされる。でも私は、夫の家族に助けられ、一緒に暮らしていたからこそ今元気でいるとしみじみ思う。どんどん症状が重くなっていった私に、つかず離れずの加減で手助けしてくれた夫の母には特に頭が下がる。もし私が逆の立場だったら余計なことばかり言っていただろうと思う。

  1階にはいつも手作りのみそ汁とごはん。救われた。夫の姉の家に行くと、子どもたちの笑い声。病気なんて大したことないんだと思えた。暗い顔をせず、病気のことを取り立てて話題にしない、そんな家族。だからあの苦しくて痛くてどうしようもなかった時期を、私はやり過ごせたのだと思う。

  結婚の年に夫の両親が庭に植えてくれたレモンの苗木が5年後、私が退院した年の夏、初めて一つだけ実をつけた。去年の夏は10個以上も実がなった。蜂蜜漬けにしたレモンを口に運びながら、私はこの家、この場所に帰って来られたうれしさを改めてかみしめた。

  そして、「地元で朗読コンサートをしたい」と思った。今年中でホールが空いている休日は2月29日だけだった。即座に予約。チラシ作りからチケットの販売、演出から出演、すべて私自身が行うことになった。

  イベントの一歩目から作り上げるのは初めて。おたおたしている私に地元の方たちが次々に応援してくれた。おかげでチケットは完売。当日は温かい熱気に包まれた。魂のこもった音楽の演奏とともに3時間にわたる舞台を、私は衣装を5回も早替えし、用意していた首のプロテクターも結局使わず不思議な調子の良さで乗り切った。

  みんなのおかげの一日が終わり、気がついたら、嫁いできたこの土地に知り合いがいっぱいできていた。

  今、不思議な安心感を味わっている。きっと長く住んでいる故郷を持っている人たちはこんな感覚でその土地に暮らしているんだろうなと思う。近所を歩くと知り合いがいる。「おはよう」って声をかけ合う。そんな日常があるのとないのとでは、人の元気はずいぶん違うのではないだろうか。

  「家族ががんになってどう接したらいいかわからない」という質問をよく受ける。

  「病気と治療のことは本人が決めること。家族は、『絶対に良くなる』ということを心の底から信じて、今住んでいる家を大切に、普通に明るく生活する。もし『余命』などを聞かされたのなら、忘れること」といつも答える。なんでもない日常。病気と関係ない笑い声。患者を助けるのはこれに尽きると私は思うのだ。

  今年はうるう年。次の2月29日は4年後。私は2008年の2月29日、必ずまた勝田台のこのホールの舞台に立ち、客席で聞いて下さった皆さんと再会することを約束して幕を下ろした。


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