第11回 1月 29日

遠い未来のイメージ大切に

   1月19日。月刊誌の取材の最中。「はい!」と答えた後、私は自分の目がうつろになったことに気がついた。

  「あ、いえ今は……。すみません! 目が泳いじゃいましたよね」と私。その場の一同は大爆笑。質問の内容は「絵門さんは、家事をとても大切にしているんですよね」だった。

  著書『がんと一緒にゆっくりと』には、「退院後、家の中をシンプルに風通し良く奇麗にしておくことががんの体のためにも良いと考え、家事を大切にするようになった」と確かに書いた。

  本を書き上げた頃はそうだった。ところが、今はすることが多くなりすぎて、家事に手が回らない。日々部屋を資料が占領し、洗濯物は取り込まれた状態からそのまま使われていく。去年の秋以降、私は自分の名誉のため来客を避け続けた。

  冬休み、妹が小学5年生の娘を連れて訪れた。部屋を見て妹はぼうぜん。「お姉ちゃん、一緒に片づけよう」。大掃除となった。私はめいの耳元でささやいた。

  「ね、いい? 冬休みの宿題の日記とかに『伯母の家に行ったら散らかっていてビックリして手伝った』なんて書いたら、ダメだからね」

  めいは「ゆう子ちゃん(私はゆう子オバチャンとは呼ばせない)、それは、恥ずかしくてとても書けないよ」と、歌うように言った。

  遠い将来のめいの結婚式。親類の席に座っている私と目が合った花嫁がこの日のことを思い出すのはちょっとまずいな、と思った。

  その後、夫の姉や夫の協力も加わって新年は片づいた部屋で迎えたのだが、今はまた資料の山。でも2年前にこの部屋を占領していたのが、首の激痛で横たわることができなくなってレンタルした電動のベッドだったことを思うと、散乱している資料がなんだかうれしい。

  19日の夜、私はNHKでも津田塾大学でも先輩の青木裕子アナウンサーの朗読会に千駄ケ谷の津田ホールに行った。作品は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。1年前、先輩のこの朗読を聴き、「朗読、私もやりたいなあ」とつぶやいたのが、私の朗読活動の始まりだった。先輩は「一緒にやりましょう」と電話で声をかけてくれたのだ。

  朗読会の当日は抗がん剤を始めて間もない時期だった。副作用で出演できなくなることを心配した私に、青木さんはケロッと一言、「その時は私が全部読めばいいんだから、大丈夫よ」。ありがたくて涙が出た。

  それから朗読の特訓が始まった。気持ちの悪さ、のどの渇きなど、当時少しあった抗がん剤の副作用も、特訓を受けているうちに忘れていた。

  1年ぶりに『銀河鉄道の夜』を聴きながら、目標と命とをくれた青木さんのこの声に乗って、私は天に向かう銀河鉄道から降りてきたのだと感じていた。

  先輩のように朗読がうまくなっている自分、めいの結婚式に出席している自分……。遠い未来をイメージすることを、近い目標を作ることと同じように大切にしている。

  帰宅すると、目標をくれた恩人の一人、新潮社の編集者、後藤裕二さんからメール。「ご主人、大切にしてますか?」。出版以降、彼のメールの締めはほとんどこれ。

  妻をクビにならないよう、また本に書いたことがうそにならないよう、掃除に励もう。


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