第七回 12月18日

後悔しない治療探してほしい

 12月8日、外来で点滴治療中。

 「この薬があの頃使えていたらあの患者さんは……って思うこと、ありますよ」

 私の腕に点滴の針を刺しながら看護婦さんが言った。10年前に子宮・卵巣がんが肺、リンパに転移して亡くなった母も、もし今だったら、通院で治療を受けながら明るく毎日を過ごしていたのではないかとよく思う。

 患者がQOLを保てる薬のさじ加減ができる医師。研究が進んで副作用が抑えられるようになった抗がん剤の治療。がんの種類や病状にもよるが、もろもろの条件が整えばがんと共に生きる生活は、昔ほど苦しい思いをせずに送れるもの。変な言い方だが、私はいい時代にがんになったのだと感じることが多い。

 「どうして絵門さんは明るく元気でいられるんですか?」

 どれほど受けてきたか知れないこの質問。なんのことはない、今の私には際立ってつらい症状がないからなのだ。

 一度折れた首の骨は治療後も重く不安感があるが、究極の時の激痛と比べればなんのその。最近の私は、朝6時半に起き、夫を駅に車で送り、横になることもなく深夜1時過ぎまで活動している。無理しているわけではない。できることをしているのだ。

 週に1回の通院も、治療仲間や看護師さんと話ができる楽しい1日だと思えば苦にならない。先々をあまり考えないように気の持ち方を変えたのは大切な要素だが、それもこれも痛かったり苦しかったりといった症状がなくなったからできること。

 だから、今受けている治療や診てもらっている医師が最適かどうか、確認してほしいと私は思う。

 カウンセラーとして患者さんに接するようになって特に感じるが、がん治療と一口に言っても、医師の技術、持っている情報、それを患者に伝える姿勢に驚くべき格差がある。乳がんになったら当然説明されているはずのことを、何も聞かされていない患者がたくさんいる。実際、私の治療の決め手になったホルモン感受性について、細胞を採って検査し、告知をした病院では一言の説明もなかった。

 私たちは「大きな病院のちゃんとした医者の言うことは皆同じ」と思っている場合が多い。さらにがんの治療はつらく苦しいものだという先入観があれば、「がまんして頑張ろう」と悲痛な覚悟を患者も家族もしてしまう。他に方法があるなんて考えもしない。だが現実はそうとは限らないのだ。

 もちろんつらい副作用があっても受けた方が良い治療もあり、それを乗り越えて元気になっている患者はたくさんいる。だから一概には言えないが、現実には後でほかの方法を知るケースもあるので、自分が受けている治療が最善かどうか、1度は疑ってみる姿勢があっても良いと思う。

 その結果、今の方法が一番だと確認できたのならそれはいい。いっそう前向きに治療に向かえるだろうから。

 「あの頃、これがあったなら」は、どうしようもない。でも「あの頃、別の方法があったのに」という後悔はしたくないもの。私は元気に暮らせる今に感謝するたび、このことを伝えたい思いでいっぱいになる


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