第六回 12月11日

頼りにしてもらえるうれしさ

 12月4日、午後7時。今はスタジオでのナレーションの仕事を終えて帰る電車の中。

 2年前の入院の時、乳がんの骨転移で折れた首の骨は放射線で固めてもらったが、今も上を向けず左右は30度動かすのがやっと。衝撃は厳禁で移動時には首のプロテクターが欠かせない。でも、おかげでラッシュ時に気後れせず優先席に座れる。得したかなとちゃっかり思いながら、この日記も座席で書いている。

 車の予測不能な振動が怖いため、ほとんど歩きと電車で移動する。これが、首に負担のかかるスポーツができなくなった今、適度な運動になってちょうど良い。

 それにしても元気になったものだ。一時は水が肺にたまり、しゃべることもできなくなった。水を6リットルも抜いた末に退院した頃は、緩やかな坂を上るのもやっとだった。それが今は、うっかりすると電車の発車ベルに体が反射して小走りになるほど。

 がんの体験を書いたり発言したりする活動は有意義でやりがいがある。しかし、がんと関係のない今回の仕事の依頼が来たあの時は、また別のうれしさがあった。

 9月、朝日新聞夕刊1面の「花おりおり」を映像化する(現在BS朝日で放映中)にあたり、ナレーションを頼みたいというメールが来たのだ。即座に受ける旨を書いて返信した。しかしその後しばらく、連絡が来なかった。

 「話、なくなっちゃったかな。私が担当者なら、収録したとたん関係者の『遺作』になってしまう可能性を考えるもん。『花の番組なのに縁起が悪くなってしまう』って思うわよね」

 確かこんな風に私は夫につぶやいた。間もなく連絡が来たときは小躍りして喜んだ。

 10月8日から音入れが始まった。スタジオに入ると、新人アナウンサー時代に発声や朗読の練習のため毎朝1人でこもった小さなスタジオを思い出す。治療後、肺は硬くなり普段のしゃべりでは息継ぎが増えたが、おなかから声を出す朗読やナレーションでは支障がない。私の原点ともいえる最も好きな仕事……。

 首は動かなくなったが、私は声を残してもらった。それが私に、病気の前と同じ仕事をもたらし、社会につなげてくれた。体の状態に応じてできる仕事を与えてもらうことは、リスクのある中で、周りが私の命を助けるロープを投げてくれるのと同じ。

 「あなたの力が必要」と頼りにしてもらえることがうれしい。そんなロープを周りの多くの方たちから、どれほどもらってきたことか。ありがたいとしみじみ思う。

 何日もねばって撮影された植物の美しい映像に合わせ、山本学さんの格調高い朗読が重なる。そして、花ごとに選曲された音楽をバックに入るナレーション。私は全80巻のうち35巻分を担当。それをさっき、すべてとり終えた。

 中でも早朝開花し、昼ごろにはしぼむツユクサの花。一つの花がしぼむと、栄養分がそのまま次の花に吸収されていく姿が強く私の目に焼き付いた。

 命は命をつなぐもの。周りのおかげで今ある私の命は、どこにつなげていけるかな……、などと考えていたら、あ、一駅乗り越してしまった!


インデックスへ

絵門トップへ