第五回 12月 4日

放送控え怖さと楽しみと

 11月19日、TBSの番組「NON TV」の進行役、露木茂さんのインタビューを受けながら隅田川の土手を歩いた。今月6日午後2時からの番組で、私のドキュメンタリーを放映することになっていて、その一部を収録した。

 夫から出がけに「あまりしゃべり過ぎないように」と言われたが、上手に聞いて下さる露木さんを前に、私の話は止まらなくなってしまった。撮影を始めたころの不安を思うと、今がうれしくてたまらないから拍車がかかる。

 撮影依頼を受けたのは、退院から1年が過ぎた今年2月。「がんと一緒にゆっくりと」の出版に向けて、膨大に書いた原稿の削除と詰めの作業に追われていた。治療についてはホルモンの薬が効かなくなり、抗がん剤を提案されていた。気持ちは不安定。そんな時の依頼だった。

 夫は、「書くことで伝えればいい」とテレビ出演に反対した。良いことばかりを撮ってはくれないというドキュメンタリー番組が本質的に持つ性質を知った上での反対だった。でも私自身は久しぶりにテレビにかかわってみたい気持ちがあった。

 心は揺れた。

 やりとりするうちに、私の病状が悪くなっていった場合の撮影も可能かという話題になり、気分が萎なえた。

 退院後の私は、再び症状が悪くなる自分を想像しないようにしていた。しかし、私の思惑と、進行する病気とされるがんの患者を見る周りの目には大きなギャップがあったのだ。カメラは、そういう視線で冷酷なまでに私を追おうとするかもしれない。

 「悪くなっていくなんてこと、私、考えてないんですけど……」と言いながら、出演を断ることにした。

 しかし思い直した。断ってしまえば何も始まらない。撮影側の意図と私の思いがずれたら、しつこく話し合えばいい。やってみることを選んだ。

 撮影の初日は、抗がん剤を始めることになった3月3日。ディレクターの緑里みどりさんは、大げさにならないようにと小さなビデオカメラを使い、一人で撮影を始めた。

 「いろいろな意味で『揺れ』を撮りたい」と言った緑里さん。「『揺れ』なんてかっこ悪いもの、撮らせたりするもんか」と心で思った私。

 撮影を始めて8カ月以上。私と辛抱強く向き合ってきた緑里さんはいま、膨大なテープの編集で格闘している。「絵門さんを追っていて、がんに対する認識が変わりました」と言った彼女がどんな作品に仕上げるのか、6日のお楽しみだ。ナレーションは、NHK時代の先輩アナウンサー広瀬久美子さん。とてもうれしく、ありがたい。

 最後のシーンは掛川での浪漫朗読コンサートのはず。大成功がうれしくて涙でぐちゃくちゃの私をカメラが追っていた。後で鏡を見てアイライナーが広がり、つけまつげ(副作用で無くなった今の私には必需品)が取れかけて、目の周りが真っ黒。またしてもタヌキ!

 「揺れ」もいいけれど、「がんのおかげで前よりうーんと幸せ」という面をきちんと伝える番組になっていてほしいと願う。私自身もどきどき、ひやひやしながらテレビの前に座ることになるだろう。


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